私はやめない・下

創作ストーリー
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初めて人前で泣きました。

それからも私の仕事の量は一人立ちした直後に比べて2倍の量に増えた。

日によっては、朝から夕方まで外回りに行って、日が沈んだ頃に帰社し、事務処理をすることもあった。

先輩に聞こうと思っても聞ける時間がないし、外回りから戻ってきたら定時で帰っている。

「ごめん、子どもが保育園で怪我したみたいでさ、これ、今日までだからやってほしい。」

先輩の分の仕事も任されることもあった。

その先輩は、夜に男の人とイチャイチャしているのを私は見かけた。

お子さん大丈夫だったのかな?

先輩、すごく派手な格好をしてる……。

私はなぜか涙が出てきてしまった。

社会人になってひたむきに仕事を頑張ってきたけど、

ここ最近は、ほぼ1日働いて

家は寝るためだけに帰っている……。

もう辛い……。夜の街で一人、チラチラこちらを見ている中、気にしている余裕もなく私はシクシク泣いていた。

資料を忘れて、大変です。

憂鬱な気持ちの中、残りの気力を振りしぼって私は出社する。

午後に、取引先の会社に行った。

あの優しいおじさまがいるところ。何となく、私はおじさまに会いたくなっていた。

「お忙しい中、時間を作っていただきありがとうございます。」

この日は担当の方に資料を渡して、説明する日だった。

「資料をお渡しします。」

バックから資料を出そうとしたら、見当たらなかった。

あれ……、ない……。どこに行ったの……?

会社に置いてきたのかもしれない……。私はパニックになった。

「大丈夫ですか?」

担当の方が聞く。

私はだんだん涙目になりながら、

「すみません、あの……資料を置いてきてしまったみたいです……。」

やってしまった……。せっかく時間を作っていただいたのに……。

怒られるのを覚悟した私に担当の社員は

「なるほど、ちなみに資料なしでも説明できそうですか?」

「はい……。大まかな説明にはなりますが……。」

「承知しました。では、資料は後日、私が御社に取りに参ります。どんな資料だったか今日は説明していただくだけで十分ですよ。誰にでもミスはありますから、気を落とさないで。いつも浅田さんにはお世話になっておりますので。」

「かしこまりました。ありがとうございます!」

予想に反して許してくれたことで、最後のありがとうございますが元気すぎた。

うちの課長だったらネチネチ怒るんだけどなぁ……。

寛容ないい会社なんだと思った。

そして、担当の方と話が終わった。

私は部屋を出たが、部屋の中で担当の人と誰かが喋っている声が聞こえた。しかし、何を話しているかは分からなかった。

「……。」

そのまま会社を出た。今日は掃除のおじさまに会わなかった。

何でだろう、いつの間にかおじさまに会えるのを期待している自分がいた。

私はこの会社に向いているのでしょうか。

会社に戻った私は資料を取りに来る時間を確認し、課長に明日の16時には社内にいるようにすると報告した。

課長は仕事が滞らないならいいよとパソコンをずっと見たまま言った。

そして、私が言い終わり、課長に背を向けると

「くそ、また負けた……。」と課長がボソッと呟いていた。

課長は仕事で数字出せていないのかな……。

なんて思いながら、自分の席に戻ろうとすると、

「浅田ちゃん、悪いんだけど明日、旦那の親戚のお葬式に行かないといけなっちゃって、仕事お願いできる?課長にはお休みもらってるんだけどね。」

と先輩に言われた。この前、夜に男の人と一緒にいた先輩だ。

しかし、明日は既に仕事が入れられそうになかったので

「すみません。結構、仕事が入ってしまっててできないです。他の人にお願いしてもらってもいいですか?」

と言ったら、

「チッ、使えないわね……。」

「えっ?」

私は聞こえなかったので聞き返した。

「ううん、何でもないよ。じゃあね。」

何となく対応が雑になっていた。本当に先輩に申し訳なかったな……。

お詫びとしてお菓子をプレゼントしようかな。

翌日、私は取引先の人に資料を直接渡した。

担当の人が会社から出ようとした時に課長が私を呼んだ。

「柴田くん、君にクレームの電話入ってるよ。すぐ対応して。」

私は、担当の人に会釈し、その場を後にし対応した。

新規で契約してくれた会社でサービス説明が不足していて問題となったとのこと。

新サービスが導入されたのだが、私は課長から何も聞いていなかった。

外回りでいないにしても、電話やメールで共有できたはずだったが、それもなかった。

しかし、課長から私の説明不足だったということで長い時間、怒られてしまった。

今日も定時には帰れない私は何となくここで本当に頑張れるのかどうか疑問に感じてきた。

課長は怒っても改善策を聞いても自分で考えろと言うし、いつもの残業でも最初は声をかけてくれたものの、いつしか何も言わずに帰るようになっていった……。

気づけば朝になっていました。

家に着くのが0時過ぎ

「はぁー」

どっと疲れが溜まり、お風呂に入るのも面倒臭くなってしまう。

ベッドに倒れ込む。これが私の中では日常茶飯事である。

ちょっと横になろうかな……。

仮眠を取ろうとして、再び目が覚めると時計が6時12分になっていた。

また寝過ぎてしまった。そう思い、シャンプーをして身支度をして出ようとする。

……。

この日はなぜか、出勤しようとするのに躊躇った。

何故だろう。体は出たいんだけど私の中で踏み出せない何かがある。

そして、それに抗おうとすると涙が出てきてしまう……。

でも早く行かないと、遅刻しちゃう。

電車に間に合わなくなる。

課長に怒られてしまう……。

でも、行かせてくれない……。

会社に連絡する余裕もなかった。

でも、その時、前に掃除のおじ様が言っていたことを思い出した。

「人間は辞めたらいけないからね。」

お休みをいただきました。

それから2週間経った。

私は会社に行ってない。精神科の病院に行き、休むべきとお医者さんに言われた。

課長にはネチネチ言われたが休んでいる。

いずれ退職代行を使って退職する予定だ。

生活の心配はあるが、今は伸び伸びとしていたい。

私はとりあえず外に出て公園に行く。

学校を終わったであろう小学生たちが鬼ごっこをして遊んでいた。

それをベンチで眺めていた。

お世話になりました。

「この度は突然休んでしまい申し訳ございません。」

また別の日、お世話になった取引先の会社にアポを取って挨拶に伺った。

「いえ、色々大変なこともあったでしょうからお察しします。でも休まれたことを聞かれた時は驚きましたよ。」

「あはは、そうですよね。今日は私ごとですが、会社を退職する予定であることをお伝えするために伺いました。なので、担当を外れると思います。」

「そうですか……。それは寂しいですね。でも、浅田さんならどこでもやっていけると思いますよ。」

「ありがとうございます。」

そして、私は会社からでようとした。すると

「落としましたよ。」

振り返るとそこにはスーツのおじ様が立っていた。

しかし、どこか顔を見たことがある……。

でも、対応しないとと思い、私はおじ様のところに行く

「ありがとうございます……。あ、掃除の方ですか?」

近くに行って顔を見たら思い出した。ここの掃除のおじ様だ。何故かスーツを着ている。

「あ、でもこれ……。」

「分かってる。君のじゃないね。」

「今日は何だかかっこいいですね。」

「あはは、ありがとう。」

「あの……、実は私、会社を辞める予定でして、恐らくここに来ないかもしれないんです。今日は一応挨拶で来たんです。」

「そうか、寂しいけど良かったよ。」

「良かった?」

私の頭の中で「?」となった。

「ああ、申し遅れたが、これをどうぞ」

そう言っておじ様は私に名刺を渡した。そこにはこの会社の代表取締役社長と記載されていた。

「え、社長だったんですか?」

「うん。それに清掃業の会社の社長もしていてね。会社の事情を把握しがてら清掃業務もしているんだよ。」

「そうだったんですか……。」

あの掃除のおじ様がここの社長だったとは……。

「浅田さんのことは部下からも聞いているし、御社のことも聞いているよ。まぁ、あの環境でよく頑張ってきたね。私はね、君みたいな真面目でいい子を見ると放っておけなくてね。掃除のおじさんなら近づきやすいだろうと思って、ちょっと話させてもらったよ。」

「確かに掃除のおじ様としてだと親しみもあって話しやすかったです。」

「それでも、君は自分が頑張らないとって言ってたね。とてもいいことだと思うけど、反対に環境が劣悪ならば潰れてしまうんだよ。君もそうなったから今休んでいるんだろう?」

「はい。」

「潰れるというのは精神的にもそうだが、やがて、自分で身体的にも潰す選択をして、終わりにしてしまう……。私はね、そういう子を見たことがあってね。君はその子に似ていた。」

「そうなんですね。もしかして、その方って……。」

「その子は終わらせようとしたが、未遂に終わった。今は実家で療養していると聞いている。」

「良かった……。」

「うん、でも君もそうなっていたかもしれない。終わらせていたかもしてない。だから仕事は辞めてもいいが人間は辞めたらいけない。私は常にそう思っている。」

「それで、今まで私を気にかけてくれたんですね。ありがとうございます。先ほど担当の方からどこでもやっていけそうと言われたので自信持って転職しようと思います。」

「それなんだが、もし君がよければ、ここで働かないかい?部下からは愛想がよく、仕事も丁寧だと聞いている。私と喋っていても信頼できそうで営業向きだと思うが、どうかな?」

「本当ですか?」

私は辞めません、これからも。

それから私は会社を辞めて、元取引先だった会社に転職することになった。

ここでは仕事を押し付ける先輩も全くアドバイスしてくれない上司もおらず、みんな優しくしてくれる。

きっと社長があの優しさを持っているから社風に反映されているのだろう。

私が転職する頃には元いた会社とは取引がなくなっていた。噂では私がいなくなって、仕事が回らなくなり退職者が増えていると聞いている。倒産するのも時間の問題かもしれない。

しかし、そっちに構っている余裕は私にはないので、とりあえず今の会社について覚えていかないといけない。

私は会社を辞めたが、人間であることは辞めなかった。

おわり

この作品はフィクションです。
作中の人物は架空であり、実際の人物・団体とは一切関係ありません。

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